奥野翼 個展「振り返ればすべて花」に寄せて。
2024年9月29日、30日。下北沢ARK BOXにて奥野翼さんの個展「振り返ればすべて花」が開催された。
俳優業の傍ら執筆にも取り組む奥野さんは、10月29日(火)に開催する上京タイムズのイベント『TOKYO 47 BOUQUET』のために、上京をテーマとした小説を執筆してくれ、ゲストとしても参加予定となっている。
今回はそんな奥野さんが綴った文章と写真を展示するとのことで、私も個展に足を運んだ。
この下北沢ARK BOXという場所は、奥野さんが東京に来てからずっとお世話になっている「東京のお母さん」的な存在が営むお店だという。
これまでの、そして今の自分を東京のお母さんに見てもらうような機会も兼ねて、この場所での開催を決めたようであったようだ。
上京して初めての下北沢
私が上京してから下北沢という場所を訪れるのは、初めてである。下北沢は遥か昔、まだ地元にいた頃に一度だけ訪れたことがあるはずだが、そのときのことはほとんど覚えていない。その日は急に寒くなって、うさぎのワッペンがついたアイボリーのカーディガンを買ったことだけは、なんとなく覚えている。
そんな、ほぼ初めまして状態な下北沢の街に、わたしはワクワクしていた。
私が想像していた下北沢の駅前は、古着屋さんやレコードショップ、雑貨屋さんや小さなライブハウスのような、いわゆるサブカル色が強めな個人経営の店が立ち並ぶものであった。しかしそれらは駅前から少し入ったところにあり、実際に駅を降り立った目の前には、再開発によって新たに作られたであろう、イマドキな雰囲気の子綺麗お店が多数立ち並んでいたのが意外であった。
私はその日、上京タイムズの読者の女性とランチをしたのちに、個展へ向かった。途中おしゃべりに夢中になって道を行きすぎてしまったのだが、その道中に、地元の石川県にいた頃に憧れていたカップケーキ屋さんを偶然見つけた。
かれこれ10年以上前に憧れた、「東京にあるおしゃれなお店」と思いがけないタイミングで遭遇し、懐かしさと“東京”を感じてなんだか胸が熱くなった。そっか、このお店ってそういえば下北沢にあったんだっけ。後日、改めて訪れたいと思った。
ニューヨークカップケーキ 下北沢店
東京都世田谷区北沢3-27-1 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1318/A131802/13164097/
個展「振り返ればすべて花」へ
会場である下北沢ARK BOXはビルの3階にあり、年季を感じるビルの少し急な階段を上ると、個展の看板が現れた。
扉からひょっこり顔を出して優しく出迎えてくれたのは、白いブラウスの襟がのぞく、ワンピース姿がかわいらしいマダム。初対面のわたしもなんだか思わず「ただいま」と言いたくなった。
カフェ&ライブバーと看板にあったARK BOXの店内は、喫茶店とスナックを合わせたような雰囲気で、初めてなのに妙に懐かしくて居心地がよく「東京にこういう場所を持っている奥野さんが羨ましいな」と思った。
カウンターでドリンクを注文して店内をすすむと、奥野さんがニコニコと出迎えてくれた。まず目に入ったのは、大きな紙に大胆に書かれた、まるで歌詞のような言葉たち。
なんだろうこの感じ、すごく懐かしいけど思い出せない……と会場にいたときに思ったのだが、これを書きながら思い出した。
小学生のときに音楽委員会だったわたしは「今月の歌」の歌詞を、これくらい大きな紙にマジックで書いて、掲示するという仕事があった。そうだ、そういえばこんなふうに大きな紙に書いたっけ。まさか東京に来て、しかもこの年齢で、こんな記憶を引っ張り出されるなんて思いもしなかった。
このすぐ横にある壁を見ると、こちらにも大きな紙に書かれた多数の言葉が散りばめられている。
わたしには、今の自分に必要な言葉が最初に目に飛び込んでくるような、そういったものに見えた。わたしの目に止まった言葉は「何も心配ないよ」だった。そうだよね、わたしってば、いつもいつも何かを心配してばかりいる。不安で仕方がないわたしを見抜かれたようで、ぎくっとした。
そして、さらにその隣には、たくさんのスナップ写真とそれに添えられた言葉たちが飾られていた。
この中には、ありのままの奥野さんの姿があるように感じた一方で、“ありのまま”の自分では心許なくて、ちょっぴり強がったり、自分に言い聞かせたりしているのだろう、と思えるような言葉がときどき混ざっているのも味わい深かった。
そんな空間から受け取ったわたしの印象は「ランダムなエネルギーの発散」だった。
この写真の配置はどんな順番で並んでいるのだろう?と疑問をもったわたしは、「これは何か意図した順番や構成になっているの?」と奥野さんに聞いたところ、とくにないとのことだった。わたしが抱いた印象は、概ね当たっていたようである。
思わずシャッターを切りたくなったり、メモに残しておきたくなったりした、その瞬間に湧き出た感情、一緒に笑い合った人、愛おしいもの、頑張ったこと。それぞれ一つひとつに関連性はないように見えても、それらすべてが今の奥野さんを形作っている。
「振り返ればすべて花」という個展のタイトルにあるように、これまでの自分の人生を振り返ってみても、そのとき大切だと思っていたことだけでなく、ほんのささいなことや意外なもの、苦しくて嫌で仕方のなかったものが、あとになって印象的な花を咲かせていることがあったなと思う。そして、それぞれ違う種類の花が咲いたと思っていたけれど、地中に張った根っこは、みんなみんな繋がっている。
この個展の最後には、来場者が思い思いの言葉を綴って残した。紙の切り方からして完璧ではない、このラフな感じ。「どうせやるなら綺麗に、完璧にしたい」と思ってしまう自分に「まぁ不完全でもとりあえずやってみようぜ」と言ってくれている気がした。
この個展を見たわたしから、ぽろりとこぼれ落ちた言葉は「今日という日を振り返ったら、一体どんな花が咲いているんだろう」という純粋な疑問だった。
今の自分から半年後、一年後の自分すら想像できないし、正直なところ明確なビジョンや目標は持ち合わせていない。これまでもそういう生き方だったし、わたしという人間はきっとこれからもそうなんだろうと思う。
たった今わたしがやっていることは、いつどんな花を咲かせるのだろう。上手に水やりや手入れをできない時期もあるはずだし、寒さに耐えきれず咲かない場合もあるかもしれない。それでも、今は色も形も匂いもわからないその花に触れられることを信じて、ときどき新しい種を蒔きながら前に進むしかない。
奥野さんからもらった直筆のメッセージと、この日販売された詩集「振り返ればすべて花」を胸に、わたしは小雨の降る下北沢を後にした。
奥野さんの詩集「振り返ればすべて花(¥2,000)」は、10月29日(火)に開催する上京タイムズのイベント『TOKYO 47 BOUQUET』でも販売予定となっている。イベント当日販売予定の上京ストーリーを綴った小説と合わせて、詩集でも奥野さんの世界にぜひ触れてみてほしい。