新宿駅ダンジョン
上京したい人のために、リアルな上京体験談を発信する上京情報メディア『上京タイムズ』。&Tokyoのコーナーでは「私と東京」をテーマに、読者から寄せられた東京にまつわるエピソードをお届けします。今回の記事を執筆してくれたのは、えな鳥さんです。
幼少期、迷路を描くのが好きだった。簡単にはクリアできないように、袋小路や小島をつくって、爆弾を置いてみたりトラップをかけたりした。自由帳いっぱいの迷路ができたら母や祖母にねだって解かせたりもした。自分は「答え」を知っている側で、困っている相手をにやにやしながら観察するのが好きだった。
だから、罰が当たったのだと思う。
新宿駅ダンジョンというトラップ
2018年、元号が令和に変わる前の年。私は上京して京王線沿いの改札脇の小さなアパートで一人暮らしを始めた。
地元は最寄り駅まで自転車で45分かかるド田舎で、駅も改札口がひとつと出口がひとつ。田園が広がる小さな駅だった。田舎の車社会で育った私は、ひとりで電車に乗るのも初めてで、乗り換えなんて自分でしたことがなかった。
しかし上京してすぐ、そんな私にミッションが課せられた。大学の教授と面会するために「自宅から本郷三丁目駅に行く」というものだ。京王線に乗って新宿駅まで行き、丸の内線に乗り換えて13駅。ここで新宿駅に詳しい人はにやっとしただろう。
そう、初心者が「京王線ー丸の内線」の乗り換えなんてできるはずがないのである。
東京・品川のような主要駅や、池袋・渋谷といった他の副都心駅に比べても、新宿駅は段違いで初心者に不親切だ。田舎育ちの初心者にとって、そもそも路線が複数あるということ自体意味がわからないのに、新宿駅はめちゃくちゃ看板が少ない。どっちへ行けば何線に乗れるのか、案内が少ないのだ。
京王線新宿駅の複数ある改札を当然のように間違った方から出てしまった私は、はたと立ちつくしてしまった。ここからどうしたらいいんだ?
どこかに本郷三丁目と書いていないかと目を凝らしたが、あるのはお店と歩く人だけ。ここで駅員さんに聞けばよかったのだが、なんだか忙しそうで怖くて近づけなかった。
待ち合わせまであと1時間を切っている。新宿から本郷三丁目まで何分かかるのかは未知数だが、迷っている時間はあまりないことはわかる。
おばあちゃんありがとう
私は近くを歩いていた優しそうなおばあちゃんに声をかけた。
「あの、あの、道に迷っていて……」
おばあちゃんは私の顔をじろじろ見た後、「どこへ行きたいの?」と聞いてきた。
「本郷三丁目です」
「私もあまり詳しくないんだけれど……何線に乗り換えるのかしら?」
ここで慌てふためく私。「丸の内線」という言葉を覚えていなかったのだ。
「ちょっとわかんないです……」
「じゃあマップか乗り換えアプリを見せてもらえる?」
再び慌てふためく私。高校までインターネット禁止だった人間がそんな文明の利器の知識を持っているはずもない。
私が困っていると、おばあちゃんは巾着からスマホを取り出してカカカっと操作し、私に画面を向けた。
「丸の内線か大江戸線で行けるみたいね。丸の内線ならここをまっすぐ行って右に曲がってゴディバの奥よ。階段を降りて赤い丸印の改札を探してね」
おばあちゃんの言葉を丁寧に紙のメモに取って、お礼を言って歩き出す。まっすぐ行って右に出てゴディバを探す。残り40分。道も聞いたしもう大丈夫。おばあちゃんありがとう。
新宿駅で絶対にやってはいけないこと
15分後、途方にくれる私がいた。ゴディバが見当たらないのである。そこで、ない知恵で考えてみる。駅の中でうろうろしているからややこしいのだ。ここは一度外に出て、まっすぐ丸の内線を目指せばいいのではないか?
……書いていて頭が痛くなる。
丸の内線は地下鉄なので地上に出てもどうにもならないし、地上の新宿は地下以上に複雑で初心者殺しである。歌舞伎町(新宿駅東口)に行きたいのに、軽い気持ちで南口から出て長旅を強いられたことのある初心者も多いのではないだろうか。
とにかく、大きな駅で道に迷って駅の外に出るのは絶対にやってはいけないことなのだ。
私は適当な階段をのぼってみた。謎のバス停の小島で身動きが取れない。いったん地下に戻って外に出てみると、今度はショッピングセンターの側に出る。ゴディバ、ゴディバとつぶやきながら歩き回って、もう元の場所にすら戻れなくなり、待ち合わせにも当然遅刻。
完全に新宿ダンジョンに飲まれて食べられてしまったのである。
教訓その後
2020年、東口と西口の連絡通路が開通し、新宿駅は推奨Lv.100のダンジョンから推奨Lv.82くらいのダンジョンに変わった。
あの後8回くらい新宿駅で迷子になった私は、慣れないインターネット検索で「新宿ダンジョン」というゲームアプリを見つける。新宿駅を模したマップでキャラを動かすというものだ。そのアプリをひたすら繰り返し練習し、私は4年くらいかけてどうにか新宿駅を攻略し、ようやく東京の女になった。
迷ったときはとにかくその手に持っているスマホを使え、そして駅員さんに聞け、という教訓を残して筆を置こうと思う。
文:えな鳥